【2026年4月6日 今日の富士山】

おはようございます。
週明け月曜日!今朝は雲多めですが、陽射しは出ていて暖かいです。
富士山は雲に隠れたり顔を出したりを繰り返しています。
この時季の富士山は気まぐれですよね。
日中は最高気温22℃の予報。各地で夏日が続出した昨日に引き続き暑くなりそうです。
水分補給と紫外線対策をお忘れなく!
桜もそろそろ見納めかな?明後日の入学式までは何とか残っていそう!
満開の桜も綺麗ですが、散りゆく儚さも美しい。
歳を重ねると桜がより魅力的に感じます。
忙しい日々の中でも、たまには足を止めて花を愛でてみてください。心の栄養補給も大切です^^
今週も無理せず頑張っていきましょう!
それでは今日は“富士山の県境”について書いていきます。
富士山を眺める場合は、新幹線やJR東海道線、あるいは東名高速道路や中央自動車道の車中からという方は多いと思います。
静岡県側から見るのが表富士で、山梨県側から見るのが裏富士とされていますが、この表現は江戸時代頃からのもので、有名な葛飾北斎の「富嶽百景」にも裏富士という表現が使われています。
では、地図上で見たとき、富士山の占める面積は静岡県と山梨県ではどちらが大きいのでしょうか。
実は、富士山の8合目から上では県境が決まっていません。
山頂付近(8合目以上)は、富士山本宮浅間大社の境内地として認められており、静岡県でも山梨県でもない「境内未定地域」となっています。
富士山の山頂付近の県境が決まっていない理由は、江戸時代から続く歴史的な経緯にあります。
山梨県の資料によると、江戸時代の地誌「甲斐国志」には「8合目より頂上に至りては、両国の境なし」と記されており、当時から境界のない場所だったことがわかります。近代になって境界確定が試みられましたが、うまくいきませんでした。
1897年(明治30年):宮内省御料局が境界調査を実施するも、山梨・静岡の両県が異議を唱える
1905年(明治38年):静岡県側が「八合目境界」を主張
1907年(明治40年):山梨県側(旧福地村・鳴沢村)が「山頂に境界を設けること」を要求
両県の主張は平行線をたどり、それぞれが独自に測量を行うなどしましたが、結局折り合いはつきませんでした。
転機となったのは1951年(昭和26年)。当時の両県知事による会談で「境界をめぐって争わない」ことで一致。以来、現在に至るまで境界は「未確定」のまま、平和的に棚上げされているのです。
こうした背景から、国土地理院の地図でも山頂付近には県境の線が引かれていません。実は全国には富士山を含め、県境が未確定の場所が14カ所あるそうです。
実際のところ、山頂にある「富士山頂郵便局」や「富士山特別地域気象観測所」の所在地は、便宜上「静岡県」となっています。
県境は決まっていませんが、登山口の数は静岡県側のルート3つ、山梨県側のルート1つと県ごとに異なります。
山梨県側の「吉田ルート」は首都圏からのアクセスが良く、登山客の約6割が利用しています。一方で、静岡県側の「富士宮ルート」は山頂までの距離が最も短く、多くの人に親しまれています。
どちらの県のものでもなく、八合目以上は富士山本宮浅間大社の境内地として、「みんなの山」として守られているのも素敵ですよね。

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