【2020年11月13日 今日の富士山】

今日も午前中は雲で隠れていた富士山。
お昼ごろには全体がくっきりキレイに見えました^^
雪、ほとんどなくなってます!
11月中旬ってもう少し雪が多かったような…。
明日からの週末から来週にかけて気温は平年より高くなる予報です!
季節が大きく戻り、季節はずれの陽気になるとか。
夏日になるとこもあるので脱ぎ着しやすい服装が良さそうです。
今週末は暖かな日差しに恵まれて、紅葉狩りや七五三参りなどには最適な日になりそうですね♪
11月29日まで河口湖で紅葉まつりが開催されています。
コロナ対策を実施しているそうなので、少し安心して楽しめそうです。
夕方からはライトアップも行っているようなので、ぜひ足を運んでみてくださいね。
明日お休みの方は、もうひと踏ん張り!午後も頑張りましょう!!
それでは今日は“七五三”について書いていきます。
七五三は、7歳、5歳、3歳の子どもの成長を祝い、神社やお寺で「奉告祭」と呼ばれる七五三詣でを行い、成長の報告、感謝、祈願をするという伝統的な日本の年中行事です。
七五三の起源となる行事が始まったのは室町時代(1336〜1573年)。  
当時の乳幼児死亡率は推定50%以上と大変高く、風邪や流行病で子どもが亡くなることは日常茶飯事でした。
このことから、当時の子どもは神様からの授かりもの、7歳までは神であると考えられていました。
そのような背景から、子どもが生まれると、すぐにではなく、3〜4年経った後で現在の戸籍に相当する人別帳、氏子台帳に登録され、その後、子どもが無事成長したことを感謝しながら長寿を願うという行事が行われていました。
これが七五三の始まりといわれています。  
始めは関東地方のみの風習でしたが、後に関西地方を経て全国へ広まっていき、明治時代に現在のような七五三の行事になったと考えられています。
旧暦が使われていた頃に始まった行事ということで、新暦ではなく旧暦の数え年で七五三を行う地域もあります。
昔、旧暦の11月15日は鬼が出歩かない「二十八宿の鬼宿日(にじゅうはっしゅくのきしゅくにち)」と呼ばれ、この日は結婚式以外のことは万事順調に行えると考えられていました。
また、満月であるこの日は、日本各地で収穫祭が行われていました。  
江戸時代に入ると、収穫祭では、作物の収穫だけでなく、子供が無事成長したことを感謝しながら、さらなる繁栄と安寧を祈願するという神事が行われるようになりました。  
このことを背景として、1681年(江戸時代・天和元年)11月15日、現在の群馬県にあった館林城の城主で徳川綱吉の長男、徳川徳松の健康を祈願したことが、この日に七五三が行われるようになった由来といわれています。
七五三の行事は、それぞれの年齢で違う意味があります。
【3歳:髪置き】江戸時代、子供が3歳になるまでは髪を剃る習慣があったため、それを終了し、髪を伸ばし始める儀式の名残りです。主に女の子が行いますが、男の子が行う場合もあります。
【5歳:袴儀】男の子が初めて袴を身につける儀式。
【7歳:帯解き】 女の子が、大人と同じ本仕立ての着物を身につけ、幅広の丸帯を結ぶ儀式。「紐落し」ともいいます。福岡県の一部地域では、ふんどしや湯文字という大人の下着を初めて身につける「へこかき」「ゆもじかき」という儀式を行います。

生まれた年を「1歳」とする年齢の数え方を「数え年」といいます。元日を迎えるごとに1年ずつ歳を取っていきます。  
例えば、誕生日が12月31日の場合、翌日の1月1日には生後2日でも「2歳」。誕生日が1月1日の場合、2歳になるのは次の年の1月1日になります。  
数え年で七五三を行う場合は、数え年3歳=満2歳の年、数え年5歳=満4歳の年、数え年7歳=満6歳の年となります。
島根県出雲地方の七五三では、神様が3歳で言葉、5歳で知恵、7歳で歯を授けてくれることに感謝したり、それぞれの歳を子供の厄年と考え、お祓いをするところもあります。
七五三の着物
【3歳(女の子)】身丈の3倍の布で身頃を作った三つ身の着物に、裄丈・身丈を短くする肩上げ・腰上げをして着せてあげ、その上に被布というベストのような上衣を羽織るのが正式な装いです。帯は締め付けの少ない三尺帯や、身長に合わせて着物を端折り上げる扱き帯(しごきおび)を締めます。  
着物と被布の生地は、友禅染や全体に同じ模様がパターンとして描かれている小紋柄、色は赤やピンク、柄は梅や牡丹など、いろいろなものがあります。
【5歳(男の子)】黒羽二重に、背中・両袖・両胸に1つずつ紋のついた五つ紋の羽織か長着、仙台平の袴姿が正式な装いです。羽織には、賢さと強さを象徴する鷹や、身を守ることを象徴する兜などの柄が入っているものもあります。
【7歳(女の子)】 四つ身の振袖に帯付き姿が正式な装いです。肩上げをし、衿元には「筥迫(はこせこ)」という薄い箱を入れます。筥迫とは、江戸時代に武家の女性がお化粧道具や懐紙を入れて持ち歩いた化粧ポーチです。帯の下には扱き帯を結び、胸元には「末広」という扇子を刺します。先に向かって広がっていく形をしている扇子を縁起物として使う際、「末広がりに幸福と繁栄が続くように」という意味を込め、縁起物として末広と呼ばれるようになりました。  
振り袖の生地は、縮緬や、厚く艶のある綸子、友禅染めや絞り模様などがあります。
家族だけで伝統的なお参りをする従来の形式から、最近は七五三の祝い方も多様化しています。写真撮影も着物だけでなくタキシード&ドレスで撮影というのも珍しくなくなりました。お参り当日に和服は、子どもにとっては苦痛な場合もあるので、あえて和服にこだわらない人も増えてきているそう。  
子どもの健やかな成長と長寿を祈る気持ちを込め、それにあやかり長い飴の棒がつくられたと言われています。
千歳飴の名前にもなっている「千歳」という言葉は「千年」を表しているため、「長い」「長生き」「めでたい」等の良い言葉とされていました。
当時砂糖は高級食材であり飴はめったに食べられるものではなかったため、「美味しい物を食べさせてあげたい」といった想いもあったのではないのでしょうか。
また、千歳飴を入れる袋には縁起のいい「寿」の文字や「松竹梅」「鶴と亀」などが描かれており、ここにも長寿への願いが表れていますね。
千歳飴は、直径は15mm程度、長さは1m以内と決められているそうです。
1mもの長さの千歳飴を見たことは無いのですが、七五三でよく目にする千歳飴は長いので、そのままだと食べ難いですよね。
そんな場合には食べやすい大きさにしてみましょう!
飴は硬いので、飴を袋に入れたまま包丁の背やハンマーで叩くと小さくすることができます。
食べ切れなくて余った飴は、砂糖代わりに料理に使う例もあるみたいですので、料理の幅も広がりそうです。
七五三に込められた願いや千歳飴の由来などを知ることで、親が子を思う気持ちが強く伝わってきますね。
それは今も昔も変わらず、七五三は受け継がれています。
その気持ちを大切に、今週末は楽しいお祝いになれば幸いです♪

富士市・富士宮市で不動産をお探しなら【ゆかり】をご利用ください。富士山の見える物件をはじめ、中古住宅・マンション・新築戸建・土地などの売買や賃貸、空き家や空き地の売却査定不動産相続の相談等を承っております。また、貸店舗やテナント・倉庫なども取り扱っております。出来る限りお客様のご希望に叶いますよう努力致しますので、お気軽にお問い合わせください